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くらしを変える、
一足を。
シンプルな美しさが持つ、かけがえのない価値。シンプルな美しさが持つ、かけがえのない価値。

WHAT'S YOUR GOOD LIFE ?

美しい一足。

シンプルな美しさが持つ、
かけがえのない価値。

by 神田松之丞

寄席のトリを飾る真打ちになってようやく、一人前として認められる講談の世界。
その講談界にあって、二ツ目の階級ながら“今、最もチケットが取れない講談師”と称される、神田松之丞さん。
同じく古典芸能の落語と比べ、認知度の低い講談ですが、
若くして講談界復興の担い手を自認される松之丞さんのお話を聞けば、
講談に秘められた“美しき魅力”に惹きつけられるはずです。

INTERVIEW

講談を聞きに訪れた観客を魅了するのは、
シンプルにしてよどみのない美しさ。

雅楽にも文楽にも歌舞伎にも、日本の伝統芸能には、それぞれ特有の美しさがあります。
まずは松之丞さんが感じる、講談の美しさについて聞かせてください。

高座における、簡素さでしょうか。芸人が上がる高座があり、講談師の机である釈台があり、座る座布団がある。言ってみれば、それだけ。このシンプルさが、人を惹きつけるのかもしれません。以前、講談の歴史をお話しする講演を行ったときのこと。午前の部では立ったまま、午後の部では釈台の前に座り、同じ話をしたんです。するとお客様の反応が、全く違う。話への入り込み方と言いますか、食い付き方が違いましたね。

高座があり、釈台があり、座布団があり、講談師の右手には張り扇、左手には扇子。この講談の様式は、恐らく100年以上変わっていません。人様に話を聞いていただく姿勢として、ベストな形なのでしょう。立って話すという、いつもとは違ったスタイルを経験したことで、あらためて気づかされました。

なにせお客様は、非常に繊細です。例えば高座に掛けられている、毛氈(もうせん)という赤い布。師匠から「ピッと張っていなければならない」と教えられましたが、少しのシワがあるだけで、もういけません。お客様の意識がシワに向かい、話に集中してくれない。マイクのコードも、講談師の着物も同様です。高座にある全てによどみがなく、美しければ美しいほど、人は話に集中します。

神田松之亟

“講談師の刀”と言うべき張り扇は、
上質な和紙で作ってこそ美しい音を奏でる。

ほんの小さな乱れによって集中力が削がれ、反対に美しければ美しいほど、集中力が高まる。ハッとさせられるお話ですね。

張り扇も一緒です。ピシッといい音を出すべきときにスカしては、お客様も「間の抜けた音だ」と気づきます。それに張り扇を作るには、西ノ内和紙でないといけません。張り扇は講談師の手作り。人によって少しずつ作り方が違いますが、僕が師匠に教わったのは、芯として竹を入れ、竹を段ボールで包み、さらに和紙で包む方法です。この和紙が重要で、多くの講談師が西ノ内を選びます。

神田松之亟

講談師に欠かすことのできない、張り扇と扇子。扇子も高座の見栄えを左右し、「バランスが悪くては、見栄えも悪い。講談師の体の大きさに合わせ、またその人の芸に合わせ、作りも人それぞれです。そういう所もみて頂ければと思います」と松之丞さん。

西ノ内和紙は、なかなかの高級品。けっこうな値がするんですよ。それでも安い和紙を使っては、音が違います。いい音がしません。恐らく西ノ内は、紙が肉厚なのでしょう。叩いたときの音も、音量の塩梅も気持ちいい。

張り扇は、いわば消耗品です。同じ材料で同じように作っても、何か相性があるのでしょう。一年持つものもあれば、一日で壊れるものもあります。いずれにせよ、講談師にとっての張り扇は、侍にとっての刀。折れた張り扇を神社に持ち込み、焼いて供養するほどです。

講談師の誰もが「三方ヶ原軍記」から学ぶ、
日本人に心地よく響く七五調の妙。

張り扇に供養があるとは驚きです。伝統芸能だからこその習わしですね。この張り扇の音もそうですが、講談には独特の音色があると感じます。抑揚というか、リズムというか、ここにも美しさが隠れていそうです。

まさにそうですね。「何が何して何とやら、何が何まで何とやら」と、講談の美しさは七五調で刻まれる、独特の抑揚にも現れています。七五調は歌舞伎にも用いられるリズムですから、日本人にとって何かクセになる、心地のいい音なのでしょう。

神田松之亟

「信玄と家康の戦いを描いた『三方ヶ原軍記』は、講談のイロハのイと言うべき話です」と松之丞さん。「古くからある話に沿い、けっしてアレンジの許されない潔さも、講談の美しさです」とのこと。

あまりに独特なため、耳慣れないうちは、何を言っているのか分からないほど。特に話の山場と言うべき場面では修羅場調と呼ばれるリズムを用い、これがまた難しい。そのため講談師は、特有のリズムを覚えるために「三方ヶ原軍記」という話から、まず徹底的に叩き込まれます。この話を隅々まで暗記し、その上で特有のリズムも抑揚も、息継ぎの仕方も間も、張り扇の使い方も、全てを学びます。講談の美しさは、「三方ヶ原軍記」に凝縮されているのかもしれません。

「一生懸命、『三方ヶ原軍記』に取り組む前座さんの美しさには、どんなベテランも敵わない」。人間国宝の六代目・一龍斎貞水先生も、こんな風に言っておられたそうです。入門したての前座では、お客様もなかなか聞いてくれません。それでも前を向き、汗をかいて話す青臭さが、美しいということでしょう。

神田松之亟

資料の多くが閉ざされているからこそ感じる、
講談を探求することへのロマン。

ところで松之丞さんは、なぜ講談師の道を選ばれたのでしょう? やはり講談ならではの美しさに惹かれたからでしょうか?

そもそものきっかけは落語です。三遊亭圓生という、昭和の大名人ですね。高校時代にラジオで圓生師匠の落語を聞き、まずは落語にハマるわけです。そこから立川談志師匠の落語に行き着き、談志師匠が講談好きだったことから、講談に辿り着きます。

ちょっと面白そうだな、という気持ちから講談に興味を抱きましたが、僕はマニア気質。何かに興味を持つと、突き詰めたくなってしまう。僕にとって講談は、まるで宝の山でしたね。落語には多くの資料が残されていますが、講談は違います。あるにはあるものの、協会の内部に保存されていて、一般の人には知り得ない。それゆえに探求する醍醐味、ロマンがあります。

今は落語の影に隠れた講談ですが、過去にはものすごい勢いがあった。なにせ古典落語のネタが500席なのに対し、講談には4500席もの話が残されています。ジャーナリストの有竹修二氏が書いた『講談・伝統の話芸』という本を読めば、かつての講談界がいかに活発だったのか手に取るように分かります。

神田松之亟

美しい言葉で書かれた講談の全盛期。
いにしえの情景に浸ると共に、奮い立たされる。

お持ちいただいた本ですね。すでに絶版のようですが、どのように手に入れたのでしょう?

「自分を奮い立たせてくれる一冊」としてご紹介くださった、ジャーナリスト・有竹修二氏による『講談・伝統の話芸』。「僕が敬愛する立川談志師匠も、座右の書としていた一冊です」だそう。

古本屋ですね。今でも比較的、手に入れやすいはずです。昔の講談師や講談界の姿が著者の主観で書かれ、皮肉な言い方をすれば、その内容は懐古主義。ノスタルジーではありますが、その分、講談に対する愛情も、当時の空気感も、非常に鮮明です。

明治時代に活躍した錦城斎典山という講談師。この人は歌舞伎界にも大きな影響を与え、六代目・尾上菊五郎にも敬愛されたそうです。六代目・菊五郎と言えば、数年前に亡くなられた十八代目・中村勘三郎さんが神様のように仰いだ人物です。

神田松之亟

錦城斎典山をはじめ、いにしえの講談師に対する思いが、とても美しい言葉で書かれています。読んでいるだけで、恍惚とした気分に浸れますね。ただ、浸っているだけではいけません。僕は講談師ですから、本に書かれた講談界の全盛を、取り戻さなきゃいけない。美しい言葉に浸れると同時に、自分を奮起させてくれる一冊です。

ほかにも国会図書館に出向き、一般に向けてわずかに公開された講談の資料を読みますが、なかなかエンターテインメントとして楽しめません(苦笑)。今の講談界をどうすべきか、いにしえの情景に触れながら、どうしても考えてしまう。読書というより、リサーチの感覚でしょうか。

神田松之亟

講談界復興への花火を打ち上げるために、
真打ちのお披露目は、かの歌舞伎座で。

高座に上がられていない時間にも、講談界の今、そして未来を考えているのですね。すると松之丞さんがお仕事を忘れ、リフレッシュできる時間とは、いつなのでしょう?

いつだろう……。強いて言えば、走ることですかね。三駅先まで散歩がてらに走り、また戻ってきます。不思議なもので、走るとポジティブになれる気がしますね。前座のころには、よく歩いていたのですが。意識的に走るのは歩くのとまた違っていいですね。ぶつぶつと講談の稽古をしながら、ひとり、寄席まで歩く。又はネタを稽古しながら走るのが、割と好きかもしれません。

しかしそう思うと、走りながらも講談のことを考えていますね(笑)。僕の生活を充実させるのは、やっぱり講談。仕事が充実していることが、生活の充実なのでしょう。年に一度くらい、ものすごくいい講談ができる日があります。すると興奮して、夜も眠れません。願わくば、こうした興奮を毎度のように味わいたい。そのために日々を過ごしているようなものです。

神田松之亟

高座に上がるときは着物を着用するため、足もとは靴下ではなく、足袋。「足袋もシワを寄せて履いているようでは『粋ではない』と、師匠から叱られます」だそう。

松之丞さんにとっての生活とは、講談そのものなのですね。最後に、そんな松之丞さんが思い描く、今後の展望を聞かせてください。

銀座の歌舞伎座で、真打ち昇進のお披露目をやりたい。これが近い未来の展望です。歌舞伎座は、建物としても圧倒的に美しい。そして何よりうちの師匠、三代目・神田松鯉は、かつて歌舞伎役者をしていた人間です。

師匠は僕の入門時、「取って良かったと思える弟子になってくれ」と言っていました。歌舞伎座でのお披露目が叶ったのなら、一番の親孝行になります。それにこの展望は、全くもって前代未聞。前代未聞だからこそ、大きなインパクトを与えられます。過去には多く存在した、講談専門の寄席を作ることも目標ですが、まずは歌舞伎座でのお披露目。講談復興の一歩として、大きな花火になるはずです。

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マスターシードビジネスソックス

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やわらかな風合いと高級感ある光沢が特徴の“マスターシード”と呼ばれる綿を、贅沢に使用しました。針数220本という超ハイゲージの機械で編み立て、きめ細やかな編み目と最高のはき心地を実現。つま先はハンドリンキング仕様で、長時間着用しても、ストレスを感じさせません。

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はいた瞬間、きめ細かさを実感。
上質をまとう心地よさを教えてくれる、
丁寧に編み上げられたソックス。

「これまで正直、靴下にこだわったことが一度もありません。それがこの靴下をはいた瞬間、繊細に作られていることを感じました。そのくらい、気持ちのいいはき心地ですね。高座に上がるときの和装を除き、普段の服装には無頓着な僕ですが、今後は見直そうと思います。日常的に着用するものこそ、質の良さにこだわる。これって、すごく贅沢なことかもしれない。この靴下から、そう教えられた気分です」と松之丞さん。

神田松之丞

神田松之丞

MATSUNOJO KANDA

1983年東京都生まれ、講談師。日本講談協会、落語芸術協会所属。
2007年、三代目・神田松鯉に入門。2012年二ツ目昇進。持ちネタの数は10年で130を超え、独演会のチケットは即日完売。“今、最もチケットが取れない講談師”と称される。TBSラジオ「神田松之丞 問わず語りの松之丞」にレギュラー出演するほか、講談普及のため、テレビや雑誌をはじめとする多くのメディアに登場。近著は「神田松之丞 講談入門」(河出書房新社)。

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fukuskeが考える
“美しい一足”とは?

  • ガス焼き

    光沢のあるなめらかな表情。

    fukuskeの紳士靴下に使用される糸には、「ガス焼き」という加工が施されています。糸に現れる細かな羽毛を焼き、表面を均一にすることで、表面のなめらかさ・光沢感を追求しています。

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  • 染色・水

    「福助」だけの色。

    靴下づくりの中で、長年こだわってきたオリジナルの色。その染色の要となる水は、日本酒造りにも使われる兵庫県加古川の伏流水。純水を使うことで発色がよくなり、表現したい色が生まれるのです。

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  • ハンドリンキング

    つま先まで段差なく沿う。

    靴下の美しさとはき心地を大きく左右するつま先。一目ずつ職人が手作業で縫い合わせることで、縫い目がフラットになり、美しいシルエットが完成します。さらに、はいたとき足指にあたらず長時間快適です。

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  • スーパーハイゲージ

    素肌のようなキメの細かさ。

    ハイエンドモデルのストッキングは、512本もの針数を有する編み機を使うことで、キメが細かくなめらかな肌触りを叶えています。この編み目の細かさこそ、脚をより美しく見せるヒミツです。

    スーパーハイゲージ
  • フラットシーム

    見えないところこそ抜かりなく。

    ハイエンドモデルのストッキングには、もうひとつ特長が。ストッキングの両脚をつなぎ合わせる際の縫製部分を、手作業で一足一足、フラットに仕上げているため、肌当たりがよく快適です。見えないところまで美しく。それがfukuske品質です。

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